 1988年東京大学大学院工学系研究科船舶工学専攻修士課程を終了、海洋科学技術センター
(当時)で海洋学の研究に従事、96〜97年にはダルハウジィ大学(カナダ)の
客員研究員として赤道域の基礎生産機構を研究。その後もJAMSTECで
研究する傍ら、2003年工学博士(東海大学)に。現在は海洋大循環の
研究に取り組む | 主席研究員 河野健博士
研究内容は?
海水は北極と南極で冷やされ赤道付近で暖められますが、その温度差により大きな対流を起こしています。
また、太平洋の底では北極で沈み込んでできた深層水がゆっくりと南極まで送られ、
変質して北上します。これらの海水がここ10年でどう変化したかを調べるのが任務です。
乗組員の印象は?
ほかの調査船では「食堂では襟のある服と靴、長ズボン着用」
と言われました。それで仲間と「ネクタイ着用かも」とうわさしていましたが、実際はそんなこともなく、皆さんとても
フレンドリーでした。
船上生活はどうですか?
船酔いがとにかくつらいです。おそらく私はJAMSTECの研究員中、
最弱の部類に属するでしょう。すてきなスィートルーム(主席研究員室)
に入れてもらえるのですが、居住区が上の方なのでよく揺れる。
正直なところ、逆につらいです(苦笑)
驚いたのは、乗組員の皆さんが非常に勉強熱心なこと。
ある日私が娯楽室で漫画を読んでいると、甲板員がビデオテープを手に入ってきたことがあります。映画かなと思っていたら、大型海洋観測ブイの設置・回収風景を収めたものでした。
「初めてなので」と、次航に備えて勉強していたのです。
自分が漫画を読んでいただけに、特に印象に残っています。
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スィートルーム(?)でインタビューを受ける河野さん(左)
最も印象的な港は?
最終的な試験航海を終えて初めて入港した横須賀港(神奈川県)です。
1995年の建造開始時から何度も造船所を訪れて、どんな観測機器や研究室が必要か
研究者側からの要望を出していましたが、建造中は造船所との折衝を担当していた
JAMSTECの建造部署と、研究者の意見が一致しないことがよくありました。
中には造船についての無知がなせるむちゃな注文もあり、各研究者が矛盾する意見を
主張することも日常茶飯事。私たちにも隔靴掻痒(かっかそうよう)
の感がありましたが、板挟みになっていた建造担当者たちの苦労は、並大抵では無かったと思います。
竣工に至るまでの紆余曲折が、横須賀にあるJAMSTECオフィス横の公共岸壁に
着いた本船を見て走馬灯のように流れたんですよね。「自分たちの船ができたんだ」と
感動しました。
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