BEAGLE2003 Leg 6の航海を終えて

遠藤慎一(ペンネーム:藤崎慎吾)
1962年生まれ。米メリーランド大学海洋・河口部環境科学専攻修士課程修了。
科学雑誌の編集者や記者、映像ソフトのプロデューサーなどをするかたわら小説を書き、デビュー作「クリスタルサイレンス」がベストSF1999年(国内編)第一位。現在はフリーランスの立場で小説のほか科学関係の記事やノンフィクションなどを執筆している。
2月3日 曇り
揺れは昨夜と変わらず。朝食(オムレツ)後、暴露部へ出ることが制限される。

ブリッジへ行ってみると「有義波高」は3.9で昨夜より低い。しかし舳先を見ていると、時々、波が甲板を洗っている。
(中略)
居室に戻って、持ちこんだゲラの校正。船が揺れるたびに、体のどこかに力が入る。

ただ座っているだけでも疲れる。昼食前にドライラボを見に行った。

コアバレルからこぼれた泥を集めて、サイコロより二周りほど大きな直方体の容器に、ていねいに詰めている。

隣では薄くスライスしてアルミホイルに包んでいた。

知らない人が見たら単なる泥に過ぎないが、それをなるべく余さず利用しようとしているのだ。

採取に大きな手間とお金がかかっているとはいえ、なんとなく不思議な光景である。

2月4日 曇り→晴れ時々曇り(霧も)

もうケルゲレンだ。残念ながら島は見えないらしい。波が静かになってきた。

朝食(干物)の後、すぐにプランクトンネットの準備が始まる。

気温は1?2度Cということで、風の通り道に立つと刺すように寒い。

もうすぐ氷点下になるため、凍結しないように外回りの水道は止められた。

予定より早く調査地点に到着し、ネットが下ろされる。

今回は目に見えるような収穫があまりなく、何か透明なもやもやしたものがあって、カイアシ類が泳いでいる程度。

しかし顕微鏡だと色々なケイソウ類が見えた。美しい。

プランクトンネットが終わると、すぐにCTD採水器が下ろされる。

上がるのを待っている間ドライラボをうろうろしていると、木元さんが有孔虫をくれた。

実体顕微鏡で見ると、白茶けた粒々がひしめいている。玉がいくつかくっつき合ったようなものや、半透明の巻貝のような形をしたもの、タマネギのような形をしたものなど様々だが、どれも有孔虫らしい。

泥ももらって顕微鏡で見てみたが、あまり面白くなかった。

採水器が上がってきて、調査項目ごとに水を分ける作業が始まる。

今回は氷点下の水もあるようだ。CFCから参加させてもらった。緊張して、なかなか手がうまく動かない。

水は冷たくて、最後には全く感覚がなくなってしまう。

すると弁のコックを開けたり閉めたりするのが難しくなる。ビンを落として割ってしまいそうで怖い。

手順も複雑で、なかなか覚えるのは一苦労だ。

ところどころ間違えたりしたが、何とかひととおりやりおおせる。

しかし一つのビンには小さな気泡がはいってしまった(気泡中の気体が水に溶けて分析を狂わせる)。

やり直しかと思ったが、松本さんは大目に見てくれた。

2月5日 曇り

(前略)

今日はピストンコアラーの解体を少し手伝ってみた。

つなぎ目のビニールテープをはがしたり、ジョイントからパイプを抜いたり、パイプを移動させたりという力仕事だ。

とくに曲がってしまった部分のジョイントからパイプを引く抜くのは一苦労だった。

誰かが巨大なレンチのようなもので鋏んで回しながら、他の何人かがパイプを引っぱるのだが、なかなか抜けない。

しばらく綱引き(パイプ引き)を続けていると、冷え切っていた体がぽかぽかと温まってきた。

いい運動になったといえよう。ピストン自体も曲がった場所から数メートル先端の方で止まっていた。

これがまた、なぜか抜けない。何かがかんでいるか、パイプが変形しているかであろう。

ジャッキのようなもので引っぱったり、止まっているあたりのパイプを切り取って金属の棒でつつき出そうとしてみたが、びくともせず結局あきらめた。

巨大なレンチやジャッキ、インナーにはめて、くるりと回して切断するカッター、ワイヤーを押し切るカッターなど、色々な道具が次から次へと出てきて面白かった。

2月7日 曇り

今回のクルーズでの最南端に到着した。

海は穏やかで波高は3.5メートルくらいだが、残念ながら全天を雲が覆っている。

水温は表面で1.5度Cくらい、水深2500メートルの海底付近ではマイナスとなる。

気温はそれほど低いとは感じられない(約1.2度C)が、吹きっさらしにいると、たちまち体が冷えてくる。

今日は最多で4回採水するので忙しいだろう。

朝食(干物、炒り卵)の後、すぐに準備が開始され8:00過ぎにはCTD採水器を投入。

それを見届けて居室に戻り、一息ついて日記を書いてから後部操舵室へ。

すでに巻き上げが始まっている。

そのまま外を通ってブリッジを訪ね、しばらくしたところで「アザラシが出た」との声。

慌てて駆けつけると、ちょうど採水器を下ろしているあたりから黒っぽい影が近づいていた(後から聞いてみると、クレーンの真下あたりまで来たらしい)。

それは、ほぼ船の右舷にそって船首の方にやってくると、今度はブリッジの真下あたりまでやってきた。

時々、腹を見せたり、ヒレを振ったり、イルカのように泳いだり潜ったりと、終始リラックスしている様子だった。

大きさは1メートルくらいか。あまり大きくはない。

黒褐色で、うっすらと斑があるようにも見える。

「アオッ、アオッ」というような声を出していた。

オットセイやアシカ説も出たが、おそらくアザラシだろう。

いったんブリッジに近づいた後、船に興味を失ったのか、どんどん離れていった。

それでも20分くらいは視認できるほどの距離で遊んでいた。

ブリッジで航海士の一人が「船長、アザラシです!」と報告していたのが、何となくおかしかった。

2月11日 雨または雪→薄曇

 (前略)
22:30ごろに、いったん居室に戻って写真の整理をする。

その後、資料を読んでいたら、23時過ぎに木元さんが「オーロラが出た」と呼びに来てくれた。

ブリッジに駆けつけて窓を見る。空はまだ宵の口といった明るさ。

オーロラは、最初はやや右舷寄りの遠くに白っぽくなたびいているだけで、言われなければ雲とまちがえそうだった。

近くに金星と思われる明るい星が輝いていた。

しばらくするとオーロラはみるみる大きさを増し、船の方へ近づいてきた。

カーテンのような形をしているのも、はっきりと見える。しかも二本、三本と数も増えていった。

しまいには頭上にかかってきたので、思わず外に飛び出す。

振り仰ぐと下の方がやや赤っぽく染まっている青白いカーテンが空をまたいでいた。

ビデオを回すのも忘れる。

七、八人が外に出て歓声を上げていたが、航海士に「危ないから中へ入ってください」と言われてブリッジに戻る。

オーロラは、ますます活発になって北西から北東までの空を、ほぼ覆っていた。

多いときは四、五本、うねりながら広がっていたと思う。

出現するときは、放射状の光がまず現れて、それがカーテン状になっていくようだ。

天頂近くにあるオリオン座の三ツ星に、神秘的な光の筋がかかっている様子は非常にダイナミックだった。

オーロラは断続的に現れたり消えたりしていたが、次第に活動が弱まっていき、出現する場所も右舷側(北東)にかたよってきた。
(中略)
観客たちは皆満足の様子で「これは次の堆積物調査がうまくいく証拠だ」とか「乗ったかいがあった」と喜んでいる。

「もう死んでもいい」などと言う人もいた。なお緯度は南緯55度を過ぎたところだった。

 ……きりがないので抜粋は、このくらいにしておきます。

本航海については科学技術広報財団の「S&Tジャーナル」7月号に短い記事を載せる予定ですが、それ以外にも機会があれば紹介させていただくつもりです。

また私はこれまでに「なつしま」や「よこすか」という船にも乗せていただきましたが、これからも積極的に(あつかましく)調査航海などに参加させていただき、いずれはそうした体験を1冊の本にまとめたいと思っております。

さらに本業の小説でも、今回のような経験を生かしてリアルかつスリリングな物語を書き、一般の人々(特に若者たち)が海や地球への関心を高めてくれるよう微力ながら尽くしていきたいと考えております。

最後になりましたが、どこの馬の骨ともわからない無名な作家の取材を快く受け入れて下さった、赤嶺正治船長、橋本孝亮一等航海士をはじめ船の職員、部員の方々、観測技術員の方々、渡邉修一主席研究員をはじめ研究者の方々、ほんとうにありがとうございました。

また、この航海に参加するチャンスを与えて下さったJAMSTEC計画管理課の田代省三課長、様々な手続きをして下さった「みらい」共同利用事務局の方々および広報室の方々、各方面にお口添えをして下さったGODI観測研究部の藤岡換太郎部長に心から感謝いたします。

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